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大阪高等裁判所 昭和39年(う)1384号 判決

主文

原判決中無罪部分を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

<前略>

検察官の所論は要するに、道路交通法(以下「法」という。)第一〇九条に規定する保管証(以下「保管証」という。)は有効期間内に限つて同条第二項により免許証と同じ効力を認めうるのであり、更に同法第九五条の規定は右保管証を除く外免許証自体の携帯を必要とする法意と解すべきであるのに、原判決が有効期間を経過した保管証にも免許証と同じ効力を認め、有効期間経過後の保管証を携帯する場合法第九五条に違反しないとしたのは、法第一〇九条の解釈適用を誤り、ひいては法第九五第、第一二一条第一項第一〇号を適用しなかつた違法があるものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないというのである。

本件記録によると、原判決が、本件公訴事実のうち「被告人は、大阪府公安委員会の普通第一種自動車の運転免許を受けたものであるが、昭和三九年二月八日午前一一時一〇分頃、大阪市北区南森町一九番地先道路において、運転免許証を携帯しないで、貨物用軽四輪自動車を運転した」との点について、被告人は右公訴事実掲記の日時場所において運転免許証を携帯していなかつたが、有効期間の経過した保管証を携帯していた事実を認定し、法が免許を受けた者に自動車を運転する際免許証を携帯することを義務づけ、これが違反に対し罰則をもつて臨んでいるのは道路交通の安全を脅かす無免許者による自動車運転を抑制するため、免許を有することを立証する証明文書を携帯することによつて、運転免許制度の実効を確保することにあると解し、保管証が免許を有することの証明力の点において免許証となんら異ならないところから免許証とみなされていることにかんがみると、有効期間を経過したことにより右証明力の点にいささかも劣るところはないと考えられる本件保管証を携帯していた被告人に免許証不携帯の刑責を負わせることは相当でないという理由で無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。

よつて考察するに、法第九五条が運転免許を受けた者に免許証携帯義務を課したのは、自動車等(自動車および原動機付自転車をいう。以下同様。)の運転が公安委員会の免許を受けた適格者による運転であるかどうかを、免許証携帯の有無により劃一的に判別することができるようにし、無免許者の運転を排除しようとする道路交通取締の目的に出たものであり、同条は、その立法趣旨からいつても、法文どおり免許証そのものの携帯を義務づけたものとみるべきであつて、他の手段により運転者が免許を有することを立証して免許証の携帯に代えることをも許容したものとは解されない。しかし、法第一〇九条第一項によつて、警察官は、自動車等の運転者が自動車等の運転に関し法の罰則に触れる行為をしたと認めるときは、その現場において、免許証の提出を求めこれを保管することができるのであるから、警察官の要求に応じて免許証を提出しその保管を承諾した者が自動車等を運転する場合、免許証を携帯するに由ないため、同条第二項は、免許証を携帯できない間の一時的な例外措置として、警察官の交付した保管証をもつて法第九五条の規定の適用につき免許証とみなすことを規定したものと解せられるのであつて、原判決のいうように、保管証が免許を有することの証明力の点において免許証と異ならないところから免許証とみなされたものと解するのは正当でない。保管証をもつて免許証とみなすべき必要は、右のように警察官が適法に免許証を保管しているため提出者が免許証を携帯できない期間に限られるのであり、法第一〇九条第三項が「当該警察官は、第一項の規定により保管した免許証の提出者が当該警察官の指定した日時及び場所に出頭したとき、又は当該日時が経過した後においてその提出者から返還の請求があつたときは、当該免許証を返還しなければならない。」と規定し、同条第六項に基づく法施行令第四一条第一項が保管証の有効期間を保管証交付の日から起算して一〇日と定めたことに徹すると、警察官は免許証の提出者に対し保管証の右有効期間内の日時を指定して出頭を指示するのが本則であり、免許証の提出者がその指示どおり出頭したときは免許証の返還を受けることができるし、指定の日以後でも免許証の返還を請求することができ、従つて、右の提出者といえども保管証の有効期間が経過するまでには免許証の返還を受けてこれを携帯できる筋合であるから、右有効期間の経過とともに法第九五条の原則に戻り、免許証そのものの携帯義務を課してもなんら不当ではない。そうでなければ、法が免許証の携帯を義務づけ、免許証携帯の有無によつて自動者等の運転者が免許を有するかどうかを一律に判別させ、免許証を携帯できない間の一時的な例外措置として保管証をもつて免許証とみなした趣旨にも反するのみならず、所論の指摘するように、元来保管証制度は道路交通法違反事件の迅速適正な処理のため警察官が指定した日時場所に被疑者の出頭を確保しようとするにあり、その者において指定された日時場所に出頭せず保管証の有効期間を徒過したときは、その保管証を携帯しても免許証を携帯したとみなされず、免許証携帯義務違反として取締るのでなければ到底前記出頭確保を期し難く、原判決のいうように有効期間後の保管証を携帯する場合をも免許証を携帯するものとみなし、法第九五条第一項に違反しないと解するにおいては、保管証制度の前記目的に背馳することにもなるのであつて、かような見解には賛同し難い。これを要するに、保管証の有効期間が明規されている以上、法第一〇九条第二項に基づき保管証が法第九五条の規定の適用について免許証とみなされるのは右有効期間内に限られるものと解するのが相当であり、これを別異に解すべき理由はない。それ故、有効期間を経過した保管証を携帯しても免許証を携帯したものとはみなされず、法第九五条第一項違反罪(法第一二一条第一項第一〇号)の成立を免れることはできないといわなければならない。

以上の次第であるから、原判決には法第一〇九条の解釈を誤つた結果法第九五条第一項、第一二一条第一項第一〇号を適用しなかつた違法があり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第四〇〇条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官竹沢喜代治 裁判官浅野芳朗 佐々木史朗)

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